開発者が手軽にできる!エンジニアのためのユーザビリティチェックリスト活用ガイド
はじめに:なぜエンジニアにとってユーザビリティチェックリストが有効なのか
プロダクト開発に携わるITエンジニアの皆様にとって、ユーザーに喜ばれるプロダクトを作ることは重要な目標かと思います。プログラミングスキルが高くても、デザインやUXの専門知識が少ない場合、ユーザーにとって「使いやすい」画面や機能になっているか判断に迷うことがあるかもしれません。
ユーザビリティテストは専門的な知識が必要で、ユーザーを集めるコストもかかります。開発の初期段階や、迅速な改善が必要な場面で、もっと手軽にユーザビリティを確認する方法はないかと考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで有効なのが「ユーザビリティチェックリスト」の活用です。ユーザビリティチェックリストは、ユーザーインターフェース(UI)が基本的な使いやすさの原則を満たしているかを確認するための簡単なツールです。これを活用することで、エンジニア自身が開発中の画面や機能を手軽に評価し、潜在的なユーザビリティ課題に気づくことができます。
本記事では、ユーザビリティチェックリストの基本的な考え方から、開発プロセスへの具体的な取り入れ方、そしてチェックリストの作成・管理に役立つツールについてご紹介します。これにより、UX初学者であるエンジニアの皆様が、よりユーザー中心の視点を開発に取り入れ、プロダクトの品質向上につなげる一助となれば幸いです。
ユーザビリティチェックリストとは
ユーザビリティチェックリストとは、ユーザーインターフェースや機能のユーザビリティ(使いやすさ)を評価するために、事前に定義された項目のリストです。このリストに沿って画面や操作を確認することで、一定の基準に基づいた客観的な評価が可能になります。
これは、専門家が経験則に基づいてユーザビリティの問題点を見つける「ヒューリスティック評価」の一種とみなすこともできます。ヒューリスティック評価には、ヤコブ・ニールセン氏の提唱する10原則などが有名ですが、チェックリストはこれらの原則を具体的な確認項目に落とし込んだものと言えます。
ユーザビリティチェックリストの目的は、以下のような点にあります。
- 潜在的なユーザビリティ課題の早期発見: 開発の早い段階で問題に気づき、手戻りを減らします。
- 評価の標準化: 誰が評価しても、ある程度一貫性のある結果が得られるようにします。
- 学習と理解の促進: チェックリスト項目を通じて、ユーザビリティの基本的な原則を学ぶことができます。
- コミュニケーションの円滑化: 課題箇所とその理由を明確に伝えやすくなります。
ユーザビリティチェックリストの基本的な項目例
ユーザビリティチェックリストの項目は、評価対象(ウェブサイト、モバイルアプリ、特定の機能など)や目的に応じてカスタマイズされますが、一般的に以下のような基本的な原則に基づいた項目が含まれます。
- 視認性(Visibility of system status): システムの状態(現在表示されている画面、処理中の状態、エラーなど)がユーザーに明確に伝わっていますか?
- 例: ボタンをクリックしたときに、処理中であることが視覚的に分かりますか?
- 例: 入力フォームでエラーが発生した場合、どこにどのような間違いがあるか具体的に表示されますか?
- 一致性(Match between system and the real world): システム内の言葉や概念が、ユーザーが現実世界や他の一般的なシステムで慣れ親しんでいるものと一致していますか?専門用語や開発者独自の用語を使っていませんか?
- 例: メニューのラベルは、一般的なユーザーが理解できる言葉ですか?
- 例: アイコンの意味は直感的に分かりますか?
- ユーザーコントロールと自由度(User control and freedom): ユーザーは望まない操作(誤クリックなど)を取り消したり、操作を中断したりできますか?
- 例: 重要な操作の前に確認画面が表示されますか?
- 例: 一度行った設定変更を元に戻すことができますか?
- 一貫性と標準(Consistency and standards): デザイン要素(ボタンの形状、色、フォント)、用語、操作方法が一貫していますか?プラットフォームの標準(iOSやAndroidのUIガイドラインなど)に従っていますか?
- 例: 同じ機能を持つボタンは、どの画面でも同じ見た目・配置ですか?
- 例: ページ遷移の挙動は統一されていますか?
- エラー防止(Error prevention): ユーザーがそもそも間違いを起こしにくいような設計になっていますか?
- 例: 入力が必要なフォームフィールドは明確に示されていますか?
- 例: 削除のような破壊的な操作は、簡単に実行できないようになっていますか?
- 認知負荷の軽減(Recognition rather than recall): ユーザーが何かを思い出さなくても操作できるように、必要な情報や選択肢が常に表示されていますか?
- 例: ドロップダウンリストは、手入力を求められるよりも選択肢が提示されるため、ユーザーは覚えている必要がありません。
- 例: 以前入力した情報が、次のステップで自動入力されるような仕組みはありますか?
- 柔軟性と効率性(Flexibility and efficiency of use): 初心者ユーザーだけでなく、熟練ユーザーも効率的に操作できるような配慮はありますか?(例: ショートカットキー、カスタマイズ機能など)
- 例: よく使う機能に素早くアクセスする方法はありますか?
- 美的で最小限のデザイン(Aesthetic and minimalist design): 画面に不要な情報や装飾が多くありませんか?ユーザーが必要な情報に集中できるデザインですか?
- 例: 広告やポップアップが必要以上に多くありませんか?
- 例: 文字サイズや行間は適切で、読みやすいですか?
- ユーザーによる認識、診断、エラーからの回復を支援(Help users recognize, diagnose, and recover from errors): エラーが発生した場合、その原因が分かりやすく表示され、どうすれば回復できるか具体的な方法が示されていますか?
- 例: エラーメッセージは、技術的なエラーコードではなく、ユーザーにとって意味のある言葉で書かれていますか?
- 例: ログインエラーの場合、「パスワードが違います」だけでなく、「Caps Lockがかかっていませんか?」のようなヒントが表示されますか?
- ヘルプとドキュメント(Help and documentation): ユーザーが必要なときに、分かりやすいヘルプドキュメントやサポートにアクセスできますか?
- 例: よくある質問(FAQ)は分かりやすい場所にありますか?
- 例: 特定の機能について知りたいとき、すぐに該当するヘルプページを見つけられますか?
これらの項目を参考に、ご自身のプロダクトに合わせたチェックリストを作成してみてください。特定の機能や画面に特化したチェックリストを作成することも有効です。
ユーザビリティチェックリストの開発プロセスへの取り入れ方
ユーザビリティチェックリストは、開発プロセスの様々な段階で活用できます。
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設計・要件定義段階:
- 画面フローやワイヤーフレーム、プロトタイプができた段階で、基本的なユーザビリティ原則を満たしているかチーム内で確認します。
- 後の実装段階で考慮すべきユーザビリティ要件を洗い出すのに役立ちます。
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実装中・レビュー段階:
- 実装した画面や機能が、チェックリストの項目を満たしているか、エンジニア自身がセルフチェックを行います。
- プルリクエスト(PR)のレビュー項目にユーザビリティチェックリストの一部を含めることで、チーム全体の品質意識を高めることができます。
- ペアプログラミングやモブプログラミング中に、チェックリストを見ながらリアルタイムに確認することも有効です。
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テスト段階:
- QAエンジニアや他のチームメンバーが、テスト項目の一つとしてユーザビリティチェックリストを使用します。
- 自動化しにくい定性的な確認項目をカバーするのに適しています。
取り入れ方のポイント:
- 小さく始める: 最初から完璧なリストを作ろうとせず、まずは基本的な項目で試してみるのが良いでしょう。
- チームで共有: チェックリストをチーム全体で共有し、全員が同じ基準で評価できるようにします。
- 定期的に見直す: プロダクトの特性や開発状況に合わせて、チェックリストの内容を定期的に見直します。
ユーザビリティチェックリスト活用に役立つツール
ユーザビリティチェックリストを作成し、チームで活用するためには、特別なツールは必須ではありません。普段使い慣れている汎用ツールから始めるのが最も手軽です。
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スプレッドシート (Google Sheets, Excel):
- メリット: 多くの人が使い慣れており、導入コストがかかりません。項目、評価(〇/△/×など)、コメント欄、担当者、ステータスなどの列を用意することで、シンプルに管理できます。フィルタリングや並べ替えも容易です。
- 活用例: 項目リストを作り、各画面/機能に対して評価を記録するシートを作成します。課題が見つかったら、コメント欄に詳細を記入し、担当者をアサインします。
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ドキュメントツール (Google Docs, Word, Notion, Confluence):
- メリット: チェックリストの項目だけでなく、各項目に関する詳細な説明や、良い例・悪い例の画像を挿入するなど、リッチなドキュメントを作成できます。チームでの共同編集やコメント機能も利用できます。
- 活用例: ユーザビリティガイドラインの一部としてチェックリストを組み込んだり、評価結果を議事録形式でまとめたりするのに適しています。Notionなどではデータベース機能を使ってスプレッドシートのように管理することも可能です。
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プロジェクト・タスク管理ツール (Jira, Asana, Trello, Backlog):
- メリット: 見つかったユーザビリティ課題をそのままタスクとして管理フローに乗せることができます。担当者設定、期日設定、進捗管理など、開発タスクと一体で管理できるのが利点です。
- 活用例: チェックリストの各項目をテンプレートとしてタスク化し、特定の画面/機能に対してチェックを実施する際にタスクを生成します。あるいは、チェックリストで発見された課題を個別のバグタスクとして登録します。
専用ツール: ユーザビリティ評価に特化したツールの中には、チェックリスト機能を持つものもありますが、高価であったり、多機能すぎてチェックリスト単体での利用にはオーバースペックであったりすることがあります。まずは上記の汎用ツールで試してみて、必要に応じて検討するのが良いでしょう。
また、UIキットやデザインシステムの活用も、ユーザビリティの向上に間接的に役立ちます。これらのツールは、あらかじめユーザビリティやアクセシビリティに配慮されたコンポーネントを提供している場合が多く、それらを利用することで、開発者はゼロからユーザビリティを考慮する負担を減らすことができます。
チェックリスト活用のポイント
ユーザビリティチェックリストをより効果的に活用するためのポイントをいくつかご紹介します。
- 目的を明確にする: 何のために、どの範囲(特定の画面、特定の機能フローなど)のユーザビリティをチェックするのかを明確にすることで、リストの項目や評価の精度が高まります。
- ユーザー視点を忘れない: チェックリストはあくまで「ものさし」です。リストの項目を機械的にチェックするだけでなく、「ユーザーはどのようにこの画面を使うか」「ユーザーは何を達成しようとしているか」といったユーザーの視点を常に意識して評価することが重要です。可能であれば、実際のユーザーの行動観察やインタビューの結果と照らし合わせながら評価すると、より実践的な課題が見つかります。
- 完璧を目指しすぎない: 最初から網羅的で完璧なチェックリストを作成しようとすると、膨大な時間がかかり、結局使われなくなることがあります。まずは基本的な項目から始め、開発を進めながら必要に応じて項目を追加・修正していくのが現実的です。
- 他の評価手法と組み合わせる: チェックリストは手軽ですが、それだけでは発見できない課題もあります。ユーザビリティテスト、アクセス解析、A/Bテストなど、他のユーザビリティ評価手法と組み合わせることで、多角的にプロダクトの使いやすさを改善できます。
まとめ
本記事では、UX初学者のITエンジニア向けに、ユーザビリティチェックリストの活用方法と役立つツールについて解説しました。
ユーザビリティチェックリストは、開発者が手軽にプロダクトの使いやすさを評価し、改善につなげるための強力なツールです。基本的なチェック項目を理解し、普段使い慣れているスプレッドシートやタスク管理ツールを活用することで、開発プロセスの中にユーザビリティの確認を取り入れることが可能です。
コードを書くスキルに長けているエンジニアの皆様が、このチェックリストという新たな視点を取り入れることで、技術的に優れているだけでなく、ユーザーにとって真に価値のある、使いやすいプロダクト開発を実現されることを願っています。まずは小さな一歩として、ご自身の担当機能や画面でユーザビリティチェックリストを試してみてはいかがでしょうか。