UX初学者エンジニアのためのユーザビリティテスト実践:基本手法とおすすめツール
ユーザビリティテストとは:ユーザー視点での品質向上を目指す
プロダクト開発に携わるエンジニアの皆様にとって、コードの品質や機能の実装精度は非常に重要です。しかし、どんなに技術的に優れたプロダクトであっても、ユーザーが使いこなせなければ、その価値を最大限に発揮することはできません。ここで重要となるのが「ユーザビリティ」であり、それを検証する手法が「ユーザビリティテスト」です。
ユーザビリティテストは、実際のユーザーにプロダクト(ウェブサイト、アプリケーションなど)を使ってもらい、その操作の様子を観察したり、意見を聞いたりすることで、使いやすさの問題点を発見する評価手法です。このテストを行うことで、開発者だけでは気づけないユーザーの行動や思考パターンを理解し、よりユーザーにとって使いやすいプロダクトへと改善していくことができます。
UX初学者であるエンジニアの皆様がユーザビリティテストを実践することで、ユーザー視点を取り入れた開発プロセスを学び、ご自身の技術力をユーザー体験の向上に直接結びつける道が開けます。本記事では、ユーザビリティテストの基本的な進め方と、実践に役立つツールについてご紹介します。
なぜエンジニアがユーザビリティテストに関心を持つべきか
エンジニアの役割はコードを書くだけに留まらず、プロダクト全体の品質やユーザーへの価値提供に広く関わってきています。ユーザビリティテストに関心を持つことは、以下の点でエンジニアのキャリアやスキルにプラスとなります。
- ユーザー理解の深化: 実際のユーザーがどのようにプロダクトを使うかを生で観察することで、仕様書や要求定義だけでは見えないユーザーのリアルな課題やニーズを理解できます。
- 問題解決能力の向上: ユーザーがどこでつまずくか、何に困るかを具体的に把握することで、技術的な解決策だけでなく、ユーザー体験を考慮した複合的な問題解決能力が養われます。
- 品質文化への貢献: 開発チーム全体でユーザー中心の考え方を浸透させる上で、エンジニアがユーザビリティテストに積極的に関わることは大きな推進力となります。
- 手戻りの削減: 開発の早い段階でユーザビリティの問題を発見・修正することで、リリース後の大きな手戻りや改修コストを削減できます。
ユーザビリティテストの基本的な進め方
ユーザビリティテストは、一般的に以下のステップで進行します。
1. 計画
- 目的の設定: テストで何を明らかにしたいのか(例: 特定機能の使いやすさ、新規ユーザーのオンボーディング過程の課題など)を明確にします。具体的な仮説(例: ユーザーは〇〇機能を簡単に見つけられるだろう)を立てることも有効です。
- テスト対象と範囲の決定: ウェブサイト全体、特定の機能、プロトタイプなど、テストする対象と範囲を定めます。
- 被験者の設定: どのようなユーザー層にテストをお願いするか(ターゲットユーザー像、属性)を決めます。エンジニアは身近な人に頼みがちですが、可能な限りターゲットユーザーに近い人を選ぶことが重要です。
- タスクの設計: 被験者に行ってもらう具体的な操作タスクを作成します。これは、プロダクトの主要な使用シナリオや、検証したい仮説に基づいたものである必要があります。「〇〇という情報を見つけてください」「このボタンから購入を完了してください」のように、具体的な行動を促すタスクを設定します。
2. 準備
- テスト環境の準備: テストを実施する場所(オンライン会議ツール、テストルームなど)や、使用するデバイス、ソフトウェアを準備します。
- テスト用資料の作成: 被験者への説明資料、同意書、タスクリスト、質問リストなどを準備します。
- 測定方法の検討: 成功率(タスクを完了できたか)、完了時間、エラー発生率、主観的な満足度(アンケート)など、何をどのように計測するかを決めます。
- テストシナリオのリハーサル: 事前に内部でテストの流れをリハーサルし、不備がないか確認します。
3. 実施
- 被験者への説明: テストの目的、進め方、データの取り扱いについて丁寧に説明します。重要なのは、「プロダクトのテストであり、あなたのテストではない」ことを伝え、リラックスして正直な意見を言ってもらえる雰囲気を作ることです。
- タスクの実行観察: 被験者がタスクを実行する様子を観察し、音声や画面操作を記録します。被験者には「考えていることを声に出してください(行動時発話法)」とお願いすると、思考プロセスが理解しやすくなります。
- 質疑応答: タスク完了後やテスト全体を通して、気づいた点や疑問点について被験者に質問します。
4. 分析
- データの整理: 収集した観察記録、アンケート結果、測定データなどを整理します。
- 問題点の特定: 観察中に見られたユーザーのつまずき、エラー、混乱、不満などの問題点を洗い出します。
- 根本原因の分析: なぜその問題が発生したのか、UIデザイン、情報構造、機能の問題など、根本原因を分析します。
- 深刻度の評価: 発見された問題がどれくらい多くのユーザーに影響するか、タスクの成功にどれくらい影響するかなどを評価し、優先順位をつけます。
5. 改善
- 改善策の検討: 発見された問題点に対して、具体的な改善策を検討します。エンジニアとして、技術的な実現可能性や実装コストも考慮に入れることが重要です。
- 実装と再テスト: 改善策を実装し、必要に応じて再度ユーザビリティテストを実施して効果を確認します。
エンジニアがユーザビリティテストで陥りがちな失敗と回避策
エンジニアが初めてユーザビリティテストを行う際に陥りやすい落とし穴があります。
- プロダクト説明会になってしまう: 被験者にプロダクトの機能を懇切丁寧に説明してしまう。テストの目的は、説明がなくてもユーザーが使えるかを確認することです。最低限の説明に留め、ユーザーの自力での操作を見守りましょう。
- 被験者を誘導してしまう: 被験者がつまずいた際に、すぐに正解を教えたり、「このボタンをクリックしてください」と指示したりする。これはテスト結果を歪めてしまいます。辛抱強く観察し、必要であればヒントを出すに留めましょう。
- 個人的な感想として受け止める: 被験者からのネガティブなフィードバックを、プロダクトへの批判や個人的な攻撃だと感じてしまう。フィードバックはプロダクト改善のための貴重な情報源です。感情的にならず、客観的に受け止め、問題の構造を理解しようと努めましょう。
- 少数の意見で決めつけてしまう: 数人のテスト結果だけで、プロダクト全体の方針を大きく変えてしまう。ユーザビリティテストは定性的な調査であり、少数の意見が必ずしも全体を代表するわけではありません。他のデータ(アクセス解析など)と組み合わせたり、複数のテストを繰り返したりしながら判断することが重要です。
回避策としては、テスト前にしっかりと計画を立て、実施中は中立的な立場で観察に徹し、分析は客観的な視点で行うことが重要です。同僚と協力して役割分担する(一人がモデレーター、一人が記録係など)ことも有効です。
ユーザビリティテストの実践に役立つおすすめツール
ユーザビリティテストには様々なツールがあります。ここでは、UX初学者エンジニアの皆様でも比較的導入しやすく、実践に役立つツールをご紹介します。
リモートユーザビリティテストツール
ユーザーと対面せずに、オンラインでテストを実施・記録するためのツールです。地理的な制約なく被験者を募れるため、手軽に始めやすいのが特徴です。
-
UserTesting.com
- 概要: 世界中のテスターネットワークを活用し、様々なデバイスでのテストを迅速に実施できるプラットフォーム。テスターへの指示出し、画面・音声録画、アンケート機能などを備えています。
- なぜエンジニアに役立つか: テスト対象のURLやプロトタイプを登録し、タスクと被験者条件を設定するだけで、自動的にテストが実施され、録画された動画が納品されます。テスト設計に集中でき、実施の手間を大幅に削減できます。
- 活用シーン: 開発中の機能の初期検証、特定のユーザー層(例: 初めてサービスを使う人)のオンボーディング体験の評価など。
- 補足: 費用は高めですが、質の高いテスターと豊富な機能が魅力です。無料トライアルがある場合もあります。
-
Lookback
- 概要: チームでの利用に特化したリモートテストツール。PC、iOS、Androidデバイスでの画面・音声録画、被験者の表情(フロントカメラ)、操作ログなどを記録できます。チームメンバーがリアルタイムで観察したり、後からコメントをつけたりできます。
- なぜエンジニアに役立つか: ユーザーの「操作」だけでなく、「表情」や「発話」が同時に記録されるため、ユーザーの感情や思考をより深く理解できます。チームで観察することで、様々な視点から問題点を議論できます。自社のユーザーリストに対してテストを実施したい場合に適しています。
- 活用シーン: プロトタイプの評価、既存機能の改善点発見、ユーザーインタビューの補助など。
- 補足: 有料ツールですが、エンジニアを含むチームでユーザー理解を深めるための投資として有効です。
プロトタイピングツール
ユーザビリティテストの対象として、実装前の画面遷移や操作感を検証するためのプロトタイプを作成する際に利用します。
-
Figma
- 概要: Webブラウザで動作するデザインツールですが、高機能なプロトタイピング機能も備えています。画面間の遷移やインタラクションを簡単に設定でき、作成したプロトタイプはURL共有して実機での確認やテストが可能です。
- なぜエンジニアに役立つか: デザイナーがFigmaでデザインしている場合、その資産をそのままプロトタイプとして活用できます。エンジニア自身が簡単な操作性の確認のためにプロトタイプを作成することも、直感的な操作で可能です。共有されたプロトタイプを確認することで、実装前にユーザー視点での課題を把握できます。
- 活用シーン: 新機能のユーザーフロー検証、デザイン案の比較テスト、開発チーム内での共通認識形成。
- 補足: 無料プランでも基本的なプロトタイピング機能は十分に利用できます。
-
Prott
- 概要: スマートフォンアプリのプロトタイピングに特化したツール(Webプロトタイプも可能)。手書きスケッチを写真で取り込んで画面遷移を設定するような、非常に手軽なプロトタイピングが可能です。
- なぜエンジニアに役立つか: コードを書かずに素早く画面遷移や操作感をシミュレーションできます。アイデア段階の検証や、ユーザーから大まかなフィードバックを得たい場合に迅速なプロトタイプ作成が可能です。
- 活用シーン: 新規アプリのコンセプト検証、アイデア出し段階でのユーザーへの提示、アジャイル開発におけるクイックな動作確認。
- 補足: シンプルで使いやすく、無料プランもあります。
その他の補助ツール
ユーザビリティテストの実施や分析を補助するツールです。
-
Google Forms / Microsoft Forms
- 概要: アンケート作成ツール。テスト後の満足度や、定性的な意見を収集するのに役立ちます。
- なぜエンジニアに役立つか: 特別な知識が不要で、手軽にアンケートを作成・集計できます。テストでは観察しきれないユーザーの主観的な評価や、テスト外の利用状況などを把握するための補助ツールとして活用できます。
- 活用シーン: テスト参加者の事前スクリーニング、テスト後の主観的評価アンケート、特定の操作に関する意識調査。
- 補足: 無料で利用でき、エンジニアにとって馴染みのあるツールです。
-
Miro / FigJam
- 概要: オンラインホワイトボードツール。テスト計画の立案、タスクリストの作成、観察結果の整理、問題点のグルーピング、改善アイデアの発想などに活用できます。
- なぜエンジニアに役立つか: チームメンバーとテスト計画や分析結果を共有し、視覚的に整理・議論するのに役立ちます。テストで発見したユーザーの行動フローをマッピングするなど、様々な用途に活用できます。
- 活用シーン: テスト計画会議、テスト結果の共有と分析、改善策のアイデア出し。
- 補足: 無料プランや試用期間があります。既に社内で導入されている場合も多いツールです。
ツールの選定ポイント
様々なツールがありますが、UX初学者エンジニアの皆様がツールを選ぶ際には、以下の点を考慮すると良いでしょう。
- 導入の手軽さ: 無料プランがあるか、既存の業務フローに組み込みやすいか。
- 学習コスト: ツールの操作方法が直感的で、短時間で習得できるか。
- 目的との合致: どのようなテストをしたいのか(リモートか対面か、モバイルかPCか、プロトタイプか完成品か)に合った機能があるか。
- 予算: 個人の学習目的か、チーム/プロジェクトの予算かによって選択肢が変わります。まずは無料ツールや無料トライアルから試すことをお勧めします。
まとめ
ユーザビリティテストは、ユーザーがプロダクトを実際に使う様子を観察することで、開発者視点だけでは見えない多くの気づきを得られる強力な手法です。UXの専門知識が少なくても、基本的なステップと適切なツールを活用すれば、エンジニアの皆様も十分に実践可能です。
本記事で紹介した基本手法を参考に、まずは小規模なテストから始めてみてください。身近な人に協力をお願いしたり、無料のツールを活用したりすることで、ユーザビリティテストの価値を実感できるはずです。ユーザーの生の声を聞き、プロダクト改善に繋げる経験は、きっとエンジニアとしてのスキルや視点を大きく広げてくれるでしょう。
ユーザビリティテストを通じてユーザー理解を深め、使いやすいプロダクトを開発していくことは、エンジニアリングの面白さをさらに深く追求することでもあります。ぜひ、デザイン思考やUXデザインの実践に、ユーザビリティテストを取り入れてみてください。